
タイトル:ポカホンタス
監督:マイク・ガブリエル
エリック・ゴールドバーグ
形態:映画
既か未か:既
『ポカホンタス』みた
触れづらいディズニー作品ランキングでトップを張る本作。日本では「ポカホンタス」という名称が結構異なる文脈で馬鹿にされてたりするのは悲しいね。そこには今回は触れない。
初めて見たのはいつのことか覚えてませんがあんまパッとしない印象だった気がする。だから特段好きってわけでもないんですがヴィラン、ジョン・ラトクリフ総督は好きな感じ。後述するであろうスミス隊長のセリフも割と有名よね。
そんなのほほんとしたイメージを持ってたわけですが、本国アメリカだと大炎上案件らしい。しっかり生後とってるわけではないので間違ってたら要訂正なんですが、どうやら史実ポカホンタスの過酷な物語を本作ではラブという抽象概念によって包み込んでしまったことや時代考証の足りなさ等が影響してるっぽい。もちろん帝国主義時代のゴールドラッシュには諸説あるものの現地人の虐殺の可能性はある。特に前者はディズニー恒例のアメリカ的土着物語解釈な訳で『ヘラクレス』や『モアナと伝説の海』などところどころでお叱りを受けてる。
ここへの反応には個人スタンスありますが現地の方々や実際にルーツを持ってる人が文句言うことに対して「ウルセェ」ってのはあまりに横暴ではないでしょうかね。単純な対象化は決してすべきではないですが、仮にアメリカさんがWW2のアニメ映画を作って原爆落とす前の広島で日本の少女が米軍兵とラブに落ちてたら「適当こいてんじゃねえ」と思うこと必至。結局当事者の立場に立たねばわからないことは絶対あるのでね。
まあなので立場的にどこを標榜するわけではありませんがそういう問題を抱えた作品として『ポカホンタス』を再見したので何か見えてくるものがあるでしょう。
17世紀初頭のイギリス。ヴァージニア社はまだみぬ新天地の金の山を求めて航海へと旅立つ。提督のジョン・ラトクリフ(デヴィッド・オグデン・スティアーズ)を筆頭とする一団にはジョン・スミス青年(メル・ギブソン)が同行していた。一方、目的地のアメリカでは先住民のポウハタン族が暮らしており、中でも村長の娘ポカホンタス(アイリーン・ベダード)は大自然を自由に駆け回って暮らしていた。ポカホンタスは村の英雄ココアム(ジェームス・アパウマット・ホール)からプロポーズされるも気が進まず。そんな中、上陸したイギリス人に興味を持ちポカホンタスはスミスと出会う。
あらすじでさえどっち目線で描くか難しかった。というのも本作は結構スミスとポカの両人の目線が色濃く進んでいく。プリンセス目線だけではないのだ。これはディズニープリンセスものとしては結構珍しく、他に例を挙げると主人公がプリンセスではない『アラジン』と主人公が大半の間寝てる『眠れる森の美女』くらいだろう。
オープニングがすごくよくて、これはイギリス人の新天地へのワクワクを描いてて素直に心が躍るんだが、そこに不可視化されてる植民地主義への不審が頭を掠める。この映画こんなんばっか。素直に楽しみたいけど、スミスかっけえ…って思うたびに白人バンザイをやってるような気になってしまう。能天気な方々は「そんな細かいこと気にすんなよ!」「現実と区別して素直に楽しめよ!」と言ってくれるかもしれんが、そういうことから距離をとって考えないようにするのは黙認による加担になってしまうと思う。第一、俺はもう不倫とかした俳優や声優をそういうことをしたやつとしかみれない。そこを切り離した楽しみ方もちょっとはするが同時に「僕の恋人はこの国さとか言ってる割にはA子と不倫したんだなあ」という思いが脳内に存在。
出会うポカホンタスとスミスですが当然二人の属しているのは「植民地にしようとしてる側」と「抗う側」なので二人は結ばれない運命。しかし、それでも一緒になろうとしたところをココアムにみられてしまい、スミスはココアムに攻撃される。スミスにはトーマスという目をかけてる後輩がいるんだけど、その争いを見たトーマスはスミスを救うために発砲してしまい、ココアムは死亡。スミスはトーマスの身代わりとなって捕まり処刑を待つ身となる。
スミスを助けるためにポウハタン族を殲滅せんとするラトクリフ率いるイギリスチーム。一方白人を殲滅せよとポウハタン族も立ち上がる。ポカホンタスはこの争いをとめ、スミスの処刑を防げるのか。
二人が出会い、仲を深めていくうちにスミスはポカにリスペクトしつつも故郷イギリスの凄さを伝える。「君は知らないだろうがイギリスの建築はすごい」いわゆるマイクロアグレッションだ。これにカチンときたポカホンタスが歌うのがかの有名な「カラー・オブ・ザ・ウィンド」あんま翻訳がうまくいってない気もするが名曲だ。ただスミスとポカホンタスってお互いの知らん世界を教え合うとはいえどっちも押し付けがましいとこはある。このカップルは仮にくっついてもうまくいかなかったんじゃないだろうか。
とはいえスミスの名言は凄まじくポカの処刑に際して「こんなことになるのなら二人は出会わない方が良かった」と言った返答が「君を知らずに100年生きるくらいなら、明日死んでもいい」なのはカッコ良すぎる。カッケーー。でもねかっこいいんだけど、『ポカホンタス』という映画はスミスに花を持たせすぎだろう。スミスは卑怯なことに登場してから映画が終わるまでずっとかっこいい。そしてマイクロアグレッションの塊とはいえ、すぐに相手を立てるし、処刑にも覚悟が決まっている。それだけでなくヴィランズソングにデュエットし出すという目立ちっぷり。ココアムがかわいそうよ。ココアムってか『ポカホンタス』を原点にしといて白人が活躍しまくるのはどうなんと思わされる。
『アバター』の白人酋長感とはまたちょっと違うが、そんな空気感を感じるのは事実。洒落せえこと言うなよとか言ってる場合と違うんよ。スミスがカッコ良すぎることは本作においては間違いなくノイズだ。好きだけどね。メル・ギブソンに気を使いまくった結果だったりするのだろうか。
もちろん、争いを止めるのはポカホンタスなんですが、ポカのキャラがいまいち掴みづらいのもある。キャラが立ってないってわけではなく、知的好奇心旺盛だがしっかりとプライドはある。これはすごいいいところだと思うんですがどうしてもスミスが丸い分、「なんか怒ってる…」とか思われてしまいそうな感じがする。ここを端として日本でも揶揄ワードに指定されてると考えると純粋に悲しい気持ちになる。自身のルーツに誇りを持ってることは何も悪くないのにね。でもスミスとの対称性においてなんか悪目立ちしてるとこがあるのは事実。
他のキャラについてはなんと言ってもラトクリフ総督。今作は近年のディズニーっぽくヴィランなき物語になりそうなんだけど必死で悪いことしてくれるのが彼。ヴァージニア社全体として悪と書くとスミスも悪になってしまうため、植民地行為を否定的に描くことを若干チキった結果、彼が「俺は悪だぞ〜」と言いたいかのようにノルマ的悪をこなしてくれる。ただラトクリフがやった悪いことは停戦ムードで攻撃を続けようとしたことのみで若干の薄さがある。もち、絶対あかんことではあるけどね。ただ天下のディズニーヴィランズにしては小市民的すぎる悪事だ。やっぱヴァージニアカンパニーを悪役にした方がやりやすかったろう。
ただ本当に前半言ったかもしれないけど彼のヴィランズソングは最高だ。
ラストの展開は賛否あり。私自身としては否ですね。ポカがどういうふうに感情をグラデーションさせて故郷に残ることを決めたのかがまじでわからん。ココアムの死が心に残ったわけでもないっぽいし。イギリスに行くにせよ、残るにせよ説得力は必須でしたね。中途半端に史実に目配せした結果にも見えてしまう。
この感想書くにあたってWikiという集合知とはいえ一応、原典を参照したんですがやっぱスミスをカッコよくことはよくないのかなと思いました。あとポカホンタスというのも本名ではないので白人目線のアイコン化として複雑に感じてしまうことは事実。本名はマトアカさんだそうです。脳に刻んでおこう。
本作自体、やっぱイギリス人側の植民地主義をできるだけ不可視化しようとしてることは結構問題あるよね。海外の方の感想を見て確かにと思ったのは本作のイギリス人、ポウハタン間の痛み分けエンドがあんまというもの。ポウハタン側は支配に対抗しようとしてるわけでそこはイギリス人の攻撃と同列に見て「お互い様」として終わらせるのはよくないってこと。全体的に植民地主義的暴力を不可視化してる割には、イギリス人側が先制攻撃仕掛けたりと、制作サイドの「お手柔らかに」感が出てるのも悪印象。本当に都合悪いことには触れずに小手先で負けた感出してるというかね。
ディズニーとしては先住民への視線にいつかは向き合わねばならないだろう。というのもこの会社の原点、ウォルト・ディズニー自身の先住民への目線はどうも難しいものだったっぽいからだ。これは本当に詳しくないからアレですが、ウォルトはアメリカ・インディアンという題材について強めの憧れを持っていたっぽい。それがテーマパークのアニマトロニクスや『ピーター・パン』でのインディアン表象につながっている可能性は高い。でもこの目線って俺自身の感触としては相手を本気で知ろうとしてるわけじゃない感は否めないのよね。というのも前述した表象は相手文化を真剣に知ろうとしたものなのか、それとも自分の中での理解をキャラクター的に押し付けてしまってるのかってのが、いまいち後者っぽく思えてしまう。
ウォルト・ディズニー自身はもう全然、前時代の人なので功績を理解しつつも批判的な視座も持つのは大切だ。それにその視座はウォルト本人を否定することには絶対ならないはずだし。我々はこういう姿勢で生きていく。ただそれはウォルトの価値観とは違うかもね。ってだけで。そういうふうに現ディズニーが先住民と向き合えているのかどうかというとその感はあんまない。オタクらは現状、金儲けしか目前にねえもんな!フランチャイズの続編作って金儲けだ。一応社会問題にも目配せしておこう。ステレオタイプ的に役割を背負わせてた存在…ヘビだ!じゃあ爬虫類出して結びつけてみよう!とかやってる場合じゃねえから。真摯に向き合え。
歌など、結構好きな作品なんですが、お気軽な作品ではないのも事実。でもそれって悪いことじゃないよね。真剣に考える必要がある作品には蓋せずにじっくり向き合う。その姿勢はぶらさないでいたいもんだね。全く。
あとスミスとラトクリフのファーストネーム被ってんのが何気にめんどい。