THE さめ 映画とか感想

映画好きです。

【感想】『ブゴニア』/独りよがりの人たちが独りよがりのロジックを展開。自分が正しいと思ってる俺やあなたのことです。

タイトル:ブゴニア

  監督:ヨルゴス・ランティモス

  形態:映画

既か未か:未

 

『ブゴニア』みた。

 

ヨルゴス・ランティモス監督最新作。なんか最近、年一ペースで撮ってるな。

本作は韓国の映画『地球を守れ!』という作品が原作らしく、『エディントンへようこそ』等のアリ・アスターが製作としてリメイクしたがってたらしい。元作の監督、チャン・ジュナンは体調面等の問題でチェンジとなり、白羽の矢が立ったのがヨルゴス・ランティモス。ランティモスとアリ・アスターの共闘とかいう家系ラーメンに家系ラーメンを混ぜたかのような濃さ。そして家系ラーメンに家系ラーメンを混ぜたらそれは家系ラーメンでしかないのよ。お互いおんなじ方向を向いてるので特に相互作用でミラクルが起こってるとか思わずに普通にランティモスの映画として見た。

 

ランティモス監督作、結構見漁った(7作とか?)んですが、総括的に気づいたのは絵(場面となる場所の多さ的なこと)や展開の動きが薄いなと思いました。もちろん、ぶっ飛んだ設定があるのでそんなに問題じゃないんですが、どうしても間延びしてるなってとこがあって、(監督は狙ってやってると思う。)40分のオムニバス3発の『憐れみの三章』が個人的には一番良かった。なんだか毎回、最後のもう一展開があって映画的には絶対必要なんだけど、その頃には疲れてて、「まだやんの?」って思ってしまうとこがある。『哀れなるものたち』なら将軍の展開とか、例は一つしかあげられなかったがそんな感じだ。

 

本作、ブゴニアはネタバレなしで見たかったけど、正直、ラストがどうのみたいなのは風の噂で聞いてたので見る前に若干、筋道を立ててしまってたところはあった。でも面白かったので良かったです。

 

 

ネタバレあり

 

 

養蜂家テディ(ジェシー・プレモンス)は共に暮らしてるドン(エイダン・デルビス)に蜂が減少している真の原因を見つけたと語る。原因はアンドロメダ星という惑星からやってきた宇宙人が人類を滅ぼそうとしているからだ。人間に化けている宇宙人は、現在カリスマ経営者として脚光をあびるミシェル(エマ・ストーン)だ。2人はミシェルを誘拐し、地下室に閉じ込める。ミシェルが宇宙人だと信じ込んでいる2人はミシェルに今すぐ地球から手を引くよう要求する。一方、ミシェルは最初こそ、自分のCEOとしての立場等から解放を要求するも、2人とミシェルの間で対話は始まらず、状況は予期せぬ方向へ。

 

本編の多くはミシェルとテディ、そしてドン(ドンの主導権はテディが握っている)の地下室での会話劇で進んでいく。何も知らない人のために一応あらましを述べると、宇宙人は存在していると信じ込んでいる「陰謀論者」テディ(とドン)たちに疑われ潔白を証明しようとするも話が通じない「エリート」ミシェルという構造を楽しむブラックギャグである。大体は。

予告とか、エマ・ストーンが主演の感じ、そしてジェシー・プレモンスが話通じない役ってことでミシェル視点の話なのかなと思ったが、冒頭はむしろテディの語りで始まる。あんま情報を持たずに見に行った人はテディが言っていることがおかしいと気づくまで、まあまあ時間がかかったりするんじゃないだろうか。本編の多くはテディに感情移入できそうに作られており、(出来はしないと思うけど)俺としてはちょいちょいテディの感情を考えるのが楽しかった。感情移入できそうだができない理由はYoutube発信の情報を信じている陰謀論者だからだ。

 

()つきで書きまくってるドンはテディに完全に賛同してるわけじゃなくて、若干テディに圧をかけられる形で賛同している。ミシェルに暴行を加えてる時もドンは「なんだか間違ってる気がする…」とか「かわいそう」だとかいうんだけど、テディに「だけど〜な理由であいつは宇宙人だからこうしなきゃいけないんだ。そうだろ?ドン」とか言われて渋々頷くバランス感。ドン役の方は本編キャラクターと同様、実際に自閉スペクトラムを患っているらしい。演技経験は少ない新人らしいが、すごく味が出ててよかった。

 

物語的には誘拐は案外早いタイミングで行われる。誘拐する時、ミシェルを不意打ちで捕まえようとするんだが、CEOで人生が充実していて格闘技も習っているミシェルに2人は全く敵わなくてだいぶゴタゴタしてるのが面白かった。なんとかミシェルを捕まえた後、アンドロメダ星人は髪の毛で母星と通信をとるのでミシェルの髪を全部剃る。そして全身になんかしらのクリーム(洗顔とかかな)を塗りたくる。忘れたけどテディなりのロジックがある。

地下室で目が覚めたミシェルは状況をかなり早いタイミングで把握。私はCEOだから大量の警察が探し回るし、あんたらは終わりよ。みたいなことを言う。だが、それに対して爆笑するテディ。テディには宇宙人がごまかしのために言ってる言葉に過ぎないのでむしろ自身の要求を求める。話が噛み合わない。

「新月!」はプッチ神父なんですが、テディ的には月食の夜にアンドロメダ星人は母星へ帰ることができるので、残り4日でミシェルに要求を飲ませなければならない。要求というのはアンドロメダ星人に人類滅亡をやめさせること。宇宙船に一緒に乗り込み、皇帝に謁見して頼み込むという計画だ。最初こそ、強気のミシェルだったが、ガチでテディに話が通じないことを理解すると焦り始める。しかし、テディは録音テープに皇帝への謁見を頼む声明を残せとだけ言い残して、その日の2人の会話は終了。ミシェルは1人地下室に閉じ込められたままだ。

 

ミシェルはこの後も宇宙人のふりをして解放を求めたり、そのせいで拷問を受けたりする。一方テディはチャリ漕いで職場に行って同僚のおばちゃんに「俺たちがもう直ぐ世界を救う」とか言ってウキウキ。テディが働いているのはミシェルの会社の末端の下請けの工場だ。

ミシェルは拷問を受けて全身にとんでもない量の電気を浴びせられるが(ドンがやめようぜてっ止めたそうだ。)、その後急に悟ったかのように、ミシェルはただの宇宙人ではなく、皇帝本人だと言い始める。そして飯を一緒に食う。

 

真相というかなんというかという話だが、テディの母はミシェルの会社の治験のせいで寝たきりになっている。オピオイド中毒というやつらしい。無意識的にテディはYoutubeの宇宙人陰謀論と母を結びつけ、ことの元凶の会社のCEOミシェルに全てを回帰させたのだろう。それだけでなく、テディは養蜂家なんだが、ミシェルの会社の農薬のせいもあって蜂が減少していると思っている。(これはもしかしたら事実かも。)中盤、そのことに気づいたミシェルは対話を試みるもテディは激おこ。テーブルについて食事している最中だが、テーブルに乗って向こう側に座っているミシェルに遅いかかる。そのタイミングで地元警官がやってくる。ミシェルをひとまず地下に監禁し、地元警官と話すテディ。地元警官は20年前、あんなことがあってごめんな?ってめっちゃ言う。何が起こったか明らかにはされないが、母が寝たきりの間、テディの世話役を担ってくれたのが彼だったっぽい。その時になんかしら起きたのだろう。わざわざぼかしまくるってことは性加害だろうな。アリ・アスターならそうやろ。

 

警官と家の外に出て蜂を見にいくテディ。一方地下ではドンがミシェルを1人で見張っていた。ミシェルに取引を持ちかけられるドン。今なら、解放してくれたら、テディは多分無理だが、ドンは無罪になりうると。ドンはわかった!って言った後、持っている猟銃で自殺する。なんでかはわかんなかった。自分の良心とほぼ唯一の家族、テディの間で揺り動かされ過ぎて混乱してしまったのだろう。家から銃声が聞こえるや否や混乱してテディは自身の蜂を総動員して警官を殺し、ドンの元へ駆けつける。ドンが死んでいるのを見たテディは泣きながらミシェルを殺害しようとするも、ミシェルはまたもやテディに取引を持ちかける。厳密には取引じゃないんだけど、ミシェルの車(誘拐の時にテディたちが使っていた)のトランクに実は国際実験によって完成したオピオイド中毒の回復薬がある。それは一見不凍液に見えるが、あなたの母親を治してくれるはずだと。ミシェルは手錠で繋がれてるし逃げれない。だから嘘を教えるメリットなんてない。

テディはそのことを聞いて焦る気持ちを抑えながら不凍液を持って病院までチャリダッシュ!このシーンが本作のハイライトでした。病院について母の点滴に不凍液を混ぜるテディ。ミシェルの言ってたことは全部うそで母はこれによって死んでしまう。泣きながらチャリを爆走させて帰るテディ。本当にいいシーンだ。

 

一方、テディが病院に行っている間、どうにかして手錠を外したミシェル。ミシェルは脱出の糸口を探す中、閉ざされた部屋を見つける。そこには大量の人間の死体と宇宙人の調査結果が置かれていた。そんな書類をパラパラめくらずに逃げなさいよ。

テディが怒り全開で帰ってくるもミシェルの様子は全く変わっており、「真実」について語り始める。そしてうまくテディを信じ込ませて殺害まで持っていく。

 

 

冒頭に言ったラストの大オチは人類滅亡エンド。ミシェルは実は宇宙人だった〜。テディの言ってることは当たっており、しかし、テディのような存在との対話ができないという絶望感をベースにミシェル=皇帝は人類を滅亡させた。この時、地球にはなんともなく、人類だけ全員、事切れたかのようにその場に倒れており、いろいろな場所でいっぱい人が倒れてる様子を映す。毎度恒例、ランティモスの無音のエンドロールでは蜂がブンブンしたり、雷が落ちる音が鳴ったりと、人類なんていなくても地球は回っていきまっせを地でやってた。

 

 

 

面白かったです。本作のテーマはいろいろ感想見て咀嚼した感じ、やっぱ現代世界の対話の不可能性ですかね。もうお互い歩み寄って妥協することはできないってわけですよ。恐ろしいのがテディの反応で、最初ミシェルに「あなたの状況はエコーチェンバーよ」とか冷静に分析された際は、混乱してミシェルに殴りかかったりと全くもって納得をしないかのように書かれている。だが、ミシェルが「真実」を語り始めた時、そして不凍液で母親を救えると説いた時は驚くほどあっさり「納得」するのだ。多分、「信じたいものを信じる」の究極系で、論を違う論で捩じ伏せたり妥協することはできない、だけど、同じ方向のさらに強い、さらにメチャクチャな論で一瞬で封じ込めうるという意味だろう。怖いね。

ミシェルに冷静に分析されて、「誠実」に「対話」を求められるテディ。しかし、テディはそんなこともう聞き飽きていた。「誠実」だとか「話し合う」とか、「話し合うことを話し合う」とか…。もうやめろ!みたいに癇癪持ちのようにブチぎれて椅子を投げる。身に覚えがあって(された側)普通に怖かった。ちょっと笑ってしまったとこもあったが。

 

ここまで散々テディの「話の通じなさ」について書いたが、でも本作を見た時に果たして「テディが話の通じないヤバいやつ」という捉え方が正しいのかっていう話にもなってくる。ここからは俺のオリジナリティがあるよ!見てて思ったのが対話しようとしてるように見えて誰1人対話していないってことでした。テディはミシェルにはもちろん、ドンにも圧をかけて賛同を求めるばかりだ。ドンは自分の意見を持てるほどの力がない。一方でミシェルも高圧的に自身の「正論」をぶつけているだけであった。これは自身の職場の職員にも圧かけてたし、インタビューでは「多様性」ばっかでだるいなとか陰で言ってた。そしてテディには「正論」として彼が「エコーチェンバー」に支配されてるとか、母への思い込みが原因だと伝える。ミシェルの伝えていることはミシェルにとってはもちろん、観客にとっても「正しい」ことだ。しかし、テディの主観では「正しい」ことなのだろうか。

結論、誰1人、他者に寄り添う会話をしていないのであった。警官はテディに過去のことを何度も謝る。テディは鬱陶しそうにしているだけ。別にもう怒ってもなさそう。警官はただ自分のために謝っているかのように見える。ミシェルの論法は身に覚えあるので(する側)反省しなければならない人生だった。

 

まあもっと広く、陰謀論を考えてみた時に、本作の危険性は陰謀論を信じる人の病理として帰結して受け取りそうな人が多いことだ。いうまでもなく、陰謀論は社会の病理です。誰もが誰かを信じることができなくなった結果、最も耳にいい情報が真実味を帯びてしまうのは当然であって、それは信じる人間が心が弱いからだ!とかいう考えは非常に横暴だ。テディにはアンドロメダ星人を信じるに至った筋書きがあり、それは紛れもなくミシェルの会社のせいではある。他の方の感想だと、テディの母が寝たきりであることやミシェルの会社への怒りの発露こそが陰謀論というのもあって興味深かった。テディは自身の怒りを言語化して伝えることができない。そのため、自身の怒りを言語化してくれる、怒りを仮託できる陰謀論を信じるしかなかった。ここには当然、怒りだけでなくSOSが入ってる可能性も高い。

アメリカお馴染みの陰謀論といえば、ディープステートがあるが、これも、信じる層はどこに怒っていいのか分からず、ディープステートという物語に自身の感情を言語化してもらっているのだろう。誰にどう感情をぶつけていいのか分からないのだ。

この社会の病理に向き合うためには「正論」は一切の役に立たない。だって正論って得てして排外的になってしまう。陰謀論を信じる人を切り捨てることは正しくない。やっぱ寄り添いよ。『サウスパーク』の話で、いつかまとめるけど、なんでも大袈裟に捉えて不安になってしまう男の子のカップルの話がある。最初、トゥウィークにクレイグは正論をぶつけるだけだったが、共に不安を分かち合うことによって解決する。分かち合うことは、共感は難しい。お互いに一歩足を出さないといけなからね。そう考えれば、一歩もだすきのないテディにはもはや救いはないのか。むずいね。もちろんミシェルにも一歩も出す気はなかったのだが。

 

あと、今回筆が乗って長くなるが(大学で研究してる内容にモロ被りしてる。)、陰謀論という対話不可能性に文脈、物語を乗っけちゃうのはちょっと違うくない?とは思った。テディが陰謀論を信じていた理由は、結局母がミシェルの会社のせいで寝たきりになってたからであった。この文脈に載っていけば、テディの感情は説明可能になってしまう。でも陰謀論を信じている人、(信じてるのはこっち側かもしれんが)との間での対話不可能性はもっと、そもそものとこにあるんじゃないかというのはあって、「ロジック」自体が違うんじゃないの?と思ってた。実際のところは知らないが、個々人によって見える景色が違う以上、共有できる視点には限界があるし、その視点が全く違うロジックで動いてる可能性があるのは否定できない。

映画としてあんまり面白くなくなるだろうけど、テディが本当に一切ミシェルと関係ない世界も見てみたかった。母とか関係なく、「ミシェルは宇宙人。なぜなら宇宙人だから。」というね。母を救うためって言われたら、納得できちゃうのよ。だから感情移入できそうになるわけだし、自転車のシーンが神だったわけですが。なんていうかランティモスっぽくない感じも。ランティモスって「人と人は分かり合えねぇよ!バーカ」って言ってるイメージだったので。

 

あとラストの展開もランティモスっぽくなかった。もっと「多分人類は滅亡した?のかな?」とか「ミシェルってやっぱ宇宙人だったのか?」っていう余韻を残した終わり方をする人だと思ってたので「教えてくれんのね」と思った。ラストが衝撃って聞いて正味、人類滅亡は読めてたが、あんな人間だけ死んでる感じとはね。「ブゴニア」というタイトルが関係してるらしいわ。全然知らなかったのでここには書かんが。

 

テディ、嫌いだけど好きですね。自身の世界のルールを持ってるサイコパス、好きなんですよ。この映画を見てテディをその枠に押し込めるのはどうなんって思うかもしれないけど、まあみてる最中はそう思ってしまった。他に例示をあげるならサノス(ガモーラ殺す時泣いてた)とかピースメイカー(フラッグ殺した後、泣いてた)とかね。感情むき出しにしてるテディを見るとこの人は母が寝たきりになった時、時間が止まったんだなとわかる。

ジェシー・プレモンスはちょっと申し訳ないことに表立って好きとはいえないが密かに応援し続けたい。

 

そしてまださらに書くんかいという感じではあるが(ランティモス作品っぽさ)、テディは結局真実に辿り着いていたんだろうか。もちろん、結果的には一致していたわけですが。あの大量殺人してる小部屋、もうちょっとちゃんとみたかったんだけど、友達と喋ってる時、周りはグロかったね〜の感じだったので、俺があの小部屋もっとみたかったとか言ったらグロいのをみたがる厨二病みたいな扱いされそうで言わなかった。あの部屋で「考察」だけさせる感じはアリ・アスターとランティモスのぽさだな。その手には乗るか!と思ったが乗っちゃった。MIB的な宇宙人見れるかなぁと思ってたのでそこはがっかり。なんかランティモスの奇妙な造形、ちょっと好きだわ。『哀れなるものたち』の犬アヒルも意外と好きだった。

 

だいぶ盛り上がったのは面白かったからです。でも今作が許容ギリギリの長さだったのでランティモス監督はもっとショート系いっぱい作ってほしいな。『憐れみ』と競ってますが、『ブゴニア』のほうがいいかな。ランティモスはお抱え俳優もっと増やしてね。アリ・アスターは頑張れ。『エディントン』俺は好きだったので。本当は『エディントン』と比べたこと書きたかった。厭世思想についても。でもそれはまたいつかね。