
タイトル:ラーヤと龍の王国
監督:ドン・ホール
カルロス・ロペス・エストラーダ
形態:映画
既か未か:未
『ラーヤと龍の王国』見た。
思いのほかよかったです。見てなかったのを後悔するくらいには。
ディズニー産のプリンセス作品。その割にはプリンセスとしてあんま認知されてないよね。正直、プリンセスなのかもわからんが。
公開はコロナどんかぶりの2021年。当時、ディズニーは劇場公開と同日にディズニープラスで有料配信するという映画館殺しを積極的に行っており映画館という映画館からディズニーは強烈に嫌われた。そしてその怒りは映画制作者たちにも波及し、各種映画の予告等では公開日の下に「only in cinemas」という文言が追加されるに至った。まさにブチギレ。
ラーヤは同年?公開の『ミラベルと魔法だらけの家』に評判諸々で食われかけており限定配信も相まってかなり影が薄くなってしまった印象。だから俺も今まで見てなかったんやで?という言い訳。でも面白いらしいのは聞いてた。
まず座組が結構強くて監督のドン・ホールは俺が大好きな『くまのプーさん』に加え、『ベイマックス』など失敗知らずの男。ちなみに共同監督のカルロス・ロペス・エストラーダさんは知らない。ただ俺はドン・ホールを信用してるよ。脚本も知らん人だ。座組とかどやっておきながら恥ずかしい。でもね、キャストではみんなが好きなオーク・ワフィナが出てるんだ。なんか一人で全部持っていける感じというか安心感がすごい。次世代ジム・キャリーとかジャック・ブラックの位置に収まるんじゃないかな。実際この映画見てる時も「それなりに面白いね」って思ってたらオークワフィナのキャラが出てきて「面白いぞ?!」と思ってキャスト調べたらオークワフィナだったりした。かといって映画全体がくわれてるかというとそんなことはないので『マイン・クラフト』でジャック・ブラックが全て食い尽くしたみたいな歪さはなかったのが良かった。
東洋モチーフのプリンセスということでムーランに似つつもまた違った雰囲気感を出してるプリンセス。水、とりわけ雨にプラスの意味を持たせる文化的背景の話が面白くて昔聞いたっきり今でも覚えてます。映画自体も面白かったから今後も覚えておくことになるだろう。
ネタバレあり
その昔、聖地クマンドラでは人々と龍が共に暮らしていた。しかし心を持たない魔物「ドルーン」が現れ、触れたものを石に変えてしまう。龍たちはドルーンを封じるため、魔力を「龍の石」にこめる。結果、ドルーンは滅ぼされたものの、龍たちは消え去ってしまった。それから500年後、龍の石を巡ってクマンドラは分裂。5つの国のうちのハートで石は厳重に保管されることとなる。ハートの首長ベンジャ(ダニエル・デイ・キム)はクマンドラの再統一を目指し各国の首長を招いて交流を図る。ベンジャの娘ラーヤ(ケリー・マリー・トラン)はそんな中ファング国の首長の娘ナマーリ(ジェンマ・チャン)と友達に。しかし、信用してナマーリに石の場所を教えたところ裏切られ争いが勃発、混乱の末、龍の石は5つに割れてしまう。そして封印されていたドルーンは復活し人々を石に変えてしまう。その中にはベンジャの姿も。石の破片を託されたラーヤは伝説の龍シスー(オークワフィナ)を探し求め、また、石の破片を全て集めてクマンドラ再統一、そしてベンジャ救出を願う。
分裂した5つの国は砂漠の国テイル!水の国タロン!雪と氷の国スパイン!戦闘民族の国ファング!そしてラーヤの国はハートだ!
いや、長えよ。冒頭10分くらいでこの前提情報をぶち込まれ、次の10分で龍の石崩壊までをやるので序盤から疲れることこの上ない。覚えることが多すぎるわ。本作に対する唯一のそして明確な不満点はこれです。有名打ち切り漫画『サムライ8』の冒頭がよく馬鹿にされるがそれに近しい設定の詰め込み。もうこっちとしてはドルーンがなにでクマンドラが何か覚えてないからね。こういう設定祭りは作ってる側は楽しいだろうが一気に詰め込まれると覚えてられんよ。普通物語が進んでいく中でゆっくり明らかにされるもんね。でもこれはディズニー映画なので尺に2時間も使ってられん。だから詰め込むぜ!
まあそんなわけで物語が動き出すのも冒頭の前提詰め込んだ後、シスーと会うとこからです。シスーは声優がオークワフィナだけあって『アラジン』のジーニーかのように一人で物語を盛り上げまくり出す。いいね。このキャラ。
サブキャラの完成度の高さは今作の結構な魅力で旅で仲間にしていくブーン、トングやノイ、サルたちは尺的に詰め詰めなせいであまり深められないがそれでも好きになった。もっとゆっくりみんなでの冒険が見たかったよ。尺がいかんせん短いから難しかったんでしょうが、彼らとの関係においてラーヤが信じることができるかをもっとじっくり描いて欲しかったかな。
上述した通り、本作のメインメッセージは人は人を信じることができるのかってこと。かつてナマーリに裏切られた経験からラーヤは誰かを信じることができない。だからシスーが龍なこと(人間に変身できる)をブーンたちに隠したりする。一方シスーは信じることを肯定する派。龍の石を作るときに家族が自分を信じて託してくれたことが根底にある。そしてシスーはドルーンが生まれた原因も人がお互いを信じられなくなったことではないかと考えている。
これをもっと近られても良かったんじゃない?というふうには思うけども。ストーリーライン的には龍の石の破片を求めて各国を巡るんですが、信じる信じないの揺さぶりはスリの国で一回あった程度でした。だからラーヤとシスーの感情の変化のグラデーションがなされてなくて惜しい!ラーヤが誰かを信じることができないのは過去の経験という絶対的なトラウマがあるからなのでそことちゃんと向き合って欲しかったし。一応ナマーリとは向き合うわけですが。
もっとめんどくさいこと言うともともと龍の石を一人持ちしていたハートの国に上から再統一を申し入れられたところでね、という微妙さもあるし。パワーバランス的なね。ラストも有耶無耶というか、再統一はもっと難しいでしょ〜。これは『ズートピア』で黒幕が明らかになった瞬間、差別がスパーンとなくなったかのようなアニメ映画の限界を感じる展開でもあった。
でも良かった。人を信じるということについて割と真摯に向き合った結果かなと言うところもあるし。ラストはガーディアンズっぽかったね。
誰かを信じるって極論リスクでしかないですもんね。だって裏切られたら終わるし。ラーヤがまさにそうだもの。でも我々は社会的生物である以上、誰かを信じなければ生きていけない。裏切られるかもしれないのに。思い返せば俺の人生も裏切られてばっかの人生でしたね。でもまだ信じていたいですね。それしかできねえし。
信じるってのは善を信じるってことだ。その人にはメリットはないかもしれないけどその人の善なる行為を信じるんだ。でも別にその誰かは善に生きなくたっていいわけですよ。自分が得さえすれば。でもこの無駄さこそが美しさなんだなあ。
考えてみたがあんまり具体例が思い浮かばん。思ったより俺は誰かを信じたり裏切られたりしてこなかったのかもしれない。寂しい人生!でもこの前の衆院選は裏切られた気持ちなったよ〜。友人関係でも最近えぐい裏切られ方した。裏切りってかこっちが勝手に友情を信じてただけだけども。でもそれで落ち込んでたときに肩を叩いてくれた友人は俺のこと、信じてくれてたんでしょうな。ほんとに感謝しかない。
何気に人を信じるってテーマはディズニーでは少ないんじゃないだろうか。自分自身を信じる、夢は叶うと信じるは結構多いけど、パッと思いつかないや。だいたいみんな誰かを信じることは諦めんのよ。ラプもユージーンが裏切ったと思っちゃったわけだし。もちろんそこからのツイスト、助けに来てくれるってのが話的なカタルシスを生むんだけど。でも助けに来ないかも、、、。じゃなくて信じ続けてるキャラの方がいいよね。信頼感がばっちりハマってる感じで。思いつかねえけど。クソゥ。
後文字数稼ぐために全然関係ないこと書くがラーヤは純人間の中だと結構強いね。肉体的格闘能力が高いディズニーキャラ(人間)って割と少ないので嬉しい。ムーランよりは強そうよね。戦うプリンセスはいい。全国の幼女もこれみて強くなってほしい。俺も強くなりたいと思った。ディズニーキャラ最強ランキングはジーニーが単独首位だと思ってて魔法勢が多すぎるのでトップ10にすら絶対に入れないだろうが、ディズニーのスマブラとかあったら渋めの活躍はしてくれそうだ。剣キャラだからリーチも良いし。ちなみにそれで言うとシスーはどれくらい強いんでしょうか。今回だけだとあんまわからんかった。そりゃ強いんだろうけどね。