
タイトル:28年後... 白骨の神殿
監督:ニア・ダコスタ
形態:映画
既か未か:未
『28年後... 白骨の神殿』見た。
先に『28年後...』の感想をかけやというところだが賞味期限的な話をすると何度も見返せる『28年後...』と映画館にもう一度行く必要がある今作とどっちの感想を先に書くのが良いかなど一目瞭然である。うへへ。
前作はまあ一言で言うと訳分からんかったけど楽しみました。と言うか色々考えたり理解したことはあったが、まあ見た方なら全員わかる通りラストの展開で「訳分からんけど楽しい」が正しい楽しみ方なんだろうなと思わされた感じ。ラストに加え、奇人ケルソン先生がその定理を後押ししてくれている。
本作はシリーズ4作目。『28年後...』から続く3部作の真ん中の作品。ナンバリングは訳分からんのでこれを見る前に見るべき映画は『28年後...』だけでいいと言えそうです。まあ『28日後...』も見ておいた方が無難。ちなみに前者に関しては今回、前作のほとんどすぐ後から始まりますし、説明とかもたいしてないので普通に見ておいた方がいい。
脚本はそのままガーランドなのに対し、監督はダニー・ボイルからニア・ダコスタに変わっている。ダコスタさんの映画は『マーベルズ』のみ見てます。まあ今作も色んな意味で抽象的に『マーベルズ』に似てはいた。まあ一応言っておくと悪い意味ではないです。
前作の直後ということでインパクトを残した2勢力を深めていく作品。本当にそれに終始した感じがするので奇しくも同じガーランドの『ウォーフェア』とは違う意味で「映画としてどーなん」と思わされたがまあ良作とも勢いにやられて楽しんだのはいうまでもない。
ネタバレあり
ウイルスの流行、ロンドンで多くの死者が出てから28年後...。孤島で生まれ育ったスパイク(アルフィー・ウィリアムズ)は前作での決意によりイギリス本土で生きる道を選ぶ。そんな折、ジミー・クリスタル(ジャック・オコンネル)と彼が率いる<ジミーズ>という集団に救われ行動を共にする。しかし、ジミーズは人間を痛めつける儀式を行うカルト集団だった。一方で本土で一人生活している医師ケルソン(レイフ・ファインズ)はウイルスの研究を続けていた。ケルソンが注目していた感染者サムソン(チ・ルイス=パリー)。治療を続けるうちにサムソンは変化を見せ始める。全く異なる考えを持ち、異なる行動をするジミーとケルソン。そんな二人がついに邂逅してしまう。

すごい変な映画だった。まあ楽しかったけどね。あらすじに書いた通り、ジミー・クリスタル(とスパイク)とケルソン先生の二軸展開がなされる。
冒頭からいきなり暴力全開のジミーズ。全開ラストでどんなやつなんだろうと思ってたが悪いやつだったっぽい。リーダージミー・クリスタルは覇王の声が聞こえるとし、そのお告げのもとじゃんじゃん暴力三昧を部下たちにやらせる恐ろしい男だった。前作(今作もかな?)主人公のスパイク、孤独に生きてようやく仲間を見つけたと思ったら想像を絶する悪人だった。可愛そう。ジミーズのノリも含め、真面目にテニスしたかったのにテニサー入ってみたら飲みサーだったみたいな雰囲気を感じる。まあ正直言ってジミーズサイドはそんなに書きたいこともない。痛々しいことしてるだけだし。これがけるソンパートとの対比になっていて、、みたいな考えもあるだろうが個人的にはケルソンパートだけでも良かったっす。
ケルソン医師は調べてもらったらわかるが真面目なゾンビ映画に絶対に出てはダメな人物。少年漫画だったら彼が出てきた瞬間、テコ入れ入ったなと思わされること間違いなし。具体的にはイギリス本土で孤独に生きている老人で感染者、非感染者問わず、死体を火葬して遺骨を使い神殿を作っている。ちなみにケルソンは悪人ではない。だからサブタイトルにもある「白骨の神殿」はケルソンが殺害した相手とかではなく、純粋に亡くなった人への埋葬心から作っている。そして口癖は「メメント・モリ」死を忘れるなという意味です。調べてみたら初出はシェイクスピア説が濃厚。全然関係ないが昔高校の教師がシェイクスピアの生死年の語呂合わせで「1564〜1616」、ひとごろし、いろいろと教えていて空気が凍っていたのを覚えている。別につまんなくないのに、なぜあの場のあの空気はあんなにも厳しかったのだろう。
ケルソンは感染予防のため全身にヨウ素を塗りたくっており、皮膚が真っ赤である。そして感染者の中でも強力な種族、「アルファ」を吹き矢で鎮圧できるという五条悟並みの強さを持つ。この後のシーンも含め、演じたレイフ・ファインズは過去一楽しかっただろう。
レイフ・ファインズといえば気づけばいつもそばにいたことでお馴染み(俺にとって)。007とかハリポタとか。教皇選挙も面白かったよ。
そんなおり、アルファの一人、サムソン。ケルソンはその危険性にも関わらずお隣さんとしてサムソンを殺さないんだがそれが影響してか体に刺さった矢の治療を求めにくる。もうこの時点で訳分からんが。サムソンはゾンビだからね。サムソンは野生の勘かわからんが、ケルソンを発見するやゆっくり近づき吹き矢を打ってくれと言わんばかりに立ち止まり治療してもらう。そしてもちろん治療してあげる優しいケルソン。吹屋にはモルヒネが塗られており、サムソンを無力化できる。
これがきっかけで親交が生まれる二人。音楽に合わせて踊り出したりし始める。河原で二人座ったり楽しむ二人。一体何を見せられているのか。でも楽しい。個人的なことだけど、映画見る前に結構不安な連絡が入って、映画を楽しんでみれるかどうか危うかった。不安が頭を掠めるからね。だから全然2回目みに行ってそこでちゃんと楽しもうかと思ったけど、いざこのシーンになると自然と笑っていた。だから本当にちゃんと面白いシーンなんだろう。真面目路線の28シリーズが好きな人、それこそ前作に不満だった人とかはもしかしたらブチギレかもしれないけど、俺は楽しんだのでそれでいい。
こういうシーンとかの笑かせというかおふざけシーンが『マーベルズ』に若干擬似性を感じる。ほら、猫のシーンとかミュージカルの惑星とかであったあれよ。なんか全体的な空気感が『マーベルズ』に似てる感じはします。監督が同じと知っているからの可能性は全然あるけど。まあ随所の笑わせシーンだけじゃもちろんないす。たとえば物語的には今回ほとんど何一つ前進してないんですけどそこもちょっと似ている。「結局この話はなんだったの感」というか、今作はそれはプラスに捉えたんですけど、『マーベルズ』の時はそうじゃない人が多かったよね。MCUには全体を推進させなきゃいけないから仕方ないところはあるか。
あとはそんな中でも見たいものはしっかりくれるところもですね。今回楽しみにしてたのはケルソン先生の活躍でそれはお腹いっぱいくらい楽しませてくれた。『マーベルズ』も直前の『シークレット・インベージョン』という怪作のせいであんま楽しみじゃなかったが「カマラちゃんは楽しみだな」くらいの面持ちで行ったら、ちゃんとカマラの楽しみは与えてくれた。それどころかカーン一家も詰め込まれて提供されて楽しかった。いつかMCUちゃんと感想書きたいね。
物語自体がどこに向かってるかよくわからない時間が続き(貶してない)、ジミーズは白骨の神殿にたどり着く。ジミーズたちは覇王と思い込むも無理ない。ポストアポカリプス(終末世界)においてただ一人、謎の文明を作り出している男ケルソン。この世ならざるものにしか見えない。
一人先人を切るジミー・クリスタル。ケルソンと話してみたところ、常識人だった!この会話シーンも不思議だ。ジミーは最初ケルソンにビビっていたが常人と知れるにつれあるお願いをする。頼みを聞かないと殺すかもという脅しに対し「じゃあ聞くしかないな、、」みたいな反応のケルソン。怖がってるの?呆れてるの?なんというか感情が上滑りしてる会話のような、不思議な感触。何度も繰り返して申し訳ないけど、語彙力がないからディスってるように聞こえるが全然褒めてるし楽しんでる。
そのお願いとは、ジミーズ部下の前でケルソンに覇王のふりをしてもらうというものだった。一堂の前では王に承認を得ることによりジミーズ内での権威を絶対のものにしようとしていたのだ。ケルソンの感情の動きはよくわからんが後述することを踏まえれば割と快諾だったのだろう。その晩、もしかしたらジミーに殺されるかもしれないからとサムソンに一か八かの治療を行うケルソン。サムソンはここに書いてないシーンで喋れるようになったり過去の記憶を思い出したりしている。ケルソンは実験段階とはいえ感染者を非感染状態に戻す方法を見つけ出したっぽい。
そんなわけでお願いを実行する夜、ジミーズを連れて白骨の神殿に赴くジミー・クリスタル。その中にはもちろん怯えている前作主人公スパイクがいる。が、仮面をかぶっておりケルソンには気づかれない。(スパイクはあんまり迷惑かけたくないなあと思ってそう。)
始まる覇王による承認の儀式。思ったよりノリノリのケルソン。というか完全に一人楽しみすぎている。アイアンメイデンの『the number of the beast』に合わせて踊りまくるおじいちゃん。えぇ。という困惑もあるが楽しむしかない。普段真面目な学校の先生や両親がはしゃぎすぎているのをみてる感情に近い。ちょっと俯瞰してみると冷笑しかできなくなってしまうのでこっちもノリノリで楽しむのみだ。
白骨の神殿の入り口や木々に大量にキャンドルがかけられているのでこのためにケルソン先生が一人で準備したと考えると可愛いな、お茶目だなとか思ってたらその上を行くお茶目さ。孤独に生きていると楽しさを全開にするって結構難しいんだけど、さすがといったところである。
楽しかったのでみんな見てくださいね。ラストは各所で言われていた通り、初代主人公のキリアン・マーフィーがスパイクとの合流をしかけて終わる。いつものBGMが流れたところはワクワクした。
以上かな。巷ではジミーとケルソンの対比、恐怖への信仰に関する解読がなされてるっぽいがまあ私はただ勢い強めの怪作(いい意味で)と捉えました。何度も言うけど結構楽しみました。私も結構な孤独なのでケルソン先生みたいに孤独でも日常を楽しむ術を手に入れたいですね。まあケルソンと同じ歳になる頃にはこのブログが俺の白骨の神殿を形成してくれるんだろう。
ニア・ダコスタさんの強さはニュアンス的に感じ取れたもののもうちょっとフランチャイズじゃない何かでみたいですね。まあ今作が結構評論家評、一般評ともにいい感じなのでダコスタ映画が見れる日も近いだろう。その時まではメメント・ブログってな。