THE さめ 映画とか感想

映画好きです。

【感想】『28日後...』『28週後...』/ポストアポカリプスもの。人を人たらしめるものとはなんでしょね。

タイトル:28日後...

  監督:ダニー・ボイル

  形態:映画

既か未か:未

 

28日後...』みた。

 

我らがアレックス・ガーランドの有名ゾンビ映画。まあ世間的にはダニー・ボイルの方が有名なのかな。知らん。なんならアレックス・ガーランド自体、『シビル・ウォー』の時に初めて知ったし、本作とガーランドが結びついてることすらも最近知った。この無知には自信を持っていこう。だってもう知ってるわけだしな。最も恥ずべきことは知らなかったのに知ってた風のことを書くことだ。それに比べれば知らないことを自覚している方が100倍マシだろう。

『28年後... 白骨の神殿』みたいのでみました。で、普段このブログに書くのはフィルマークス的に言えば3.6以上のスコアをつけたものに決めている。この理由は3.5がボーダーラインだからです。自分の中で決めていることがあって、この3.5と言うラインは映画が自分のものとして好きと言えるかどうか。これは私物化でもなんでもなくて、まあなんて言えばいいんでしょう。もうそんな時代ではないけどDVDボックスを買いたくなるか否かのライン、書斎だったりに並べたいかどうかのラインとでも言いましょうか。

そんなわけでその例外は今のところ『野原ひろし』だけである。(もちろん今後3.5ラインを超えない作品を書く可能性はある。今のとこね。)まあブログに書きたいかどうかと言うのも一種のラインとなっているでしょう。ちなみに3.0未満=嫌い(これは逆にブログ書く)、3.0~3.5=ほどほど、3.6~3.9=結構好き、4.0=かなり好き、4.1~4.9=めっちゃ好き、5.0=『くまのプーさん(2011)』というラインで点数つけてます。

 

まあこんなくどくど前置きを書いた理由はもちろん、『28日後...』はブログには書かなくてもいいかなって点数にしたからです。でもガーランド好きなのと、割と考えさせられること多く、ブログ書けそうだなと思ったので書きます。別に「好き」のラインに入らなくても考えさせられる映画は結構あってそういうのを吐き出すのがブログの醍醐味だしね。

ゾンビ映画の知識はゼロに等しい。もちろん「ベタ」については分かりますぜ。

 

 

ネタバレあり(流れ弾くらったらごめんなさい)

 

 

ある研究室でウイルスが誕生した。そのウイルスに感染した猿が解放されてしまう、、。28日後、ジム(キリアン・マーフィー)は病院に治療室で目覚める。ロンドンの街からは人が全員いなくなってしまい、荒れ果てた状態だ。そんな中、ウイルスに感染していないセリーナ(ナオミ・ハリスや親子であるハンナ(ミーガン・バーンズ)フランク(ブレンダン・グリーソンに出会う。4人はラジオ放送で繰り返し告げられる軍の生存者のキャンプを目指して旅立つ。

 

序盤、感染した猿を映してブラックアウト、「28日後...」。即タイトル回収。映画を見てる時の自分の状態にもよるが今作はかなりテンポ良く感じました。そして病院にいるキリアン・マーフィー。目覚めたら誰もいない。いやあ、怖いね、これ。皆さんも想像してみてください。目が覚めたら世界に誰もいなくなっている感じ。完全に置いていかれたって感じ。

ゾンビ映画は全くみてないので基本どっちなのかはわからんが感染が広がっていく様子を書かなかったのは今作的にはだいぶグッドですね。パッと思いつくゾンビものといえば『アイアムアヒーロー』なんですが、あれはじわじわ広まっていく恐怖を書いていた。それに対して今作はどことなくロードムービー感あるんで(途中だけ)ポストアポカリプスものというかゾンビ映画とも若干違うのかな。

ガーランドは「すでにそうなってる」系の映画を撮るのが得意なのかな。もちろん判断材料は『シビル・ウォー』だけです。あれもロードムービーじゃないか!

 

ジムが荒廃した街を練り歩く様はすごいワクワクさせられます。こっちもジムに移入して「何が起きたんだろ、、」と思うしかないので結構楽しかった。『アベンジャーズ エンドゲーム』のアントマン目線に近いね。その後、セリーナ、マーク(結構すぐ死ぬ)と出会い、自宅へ行ってみるジム。なんか今考えてみるとこれも結構新鮮ですね。普通のゾンビ映画だと自宅ってのは元々いる場所だから序盤に出て行ったっきりになりそうだし、逆にポストアポカリプスだとゴール、辿り着くべき場所として置かれそうなものでもあるし。中継点としての自宅が新鮮。いや、そんなことないか?分かりません。

 

その後、出会った親子。父のフランクと娘のハンナ。これはだいぶベタだ。本当はそんなこと起きてほしくないがフランクは100%死ぬだろうし、ハンナは100%生き残るだろう。ここを逆張りしても何も面白くない。それこそ『ミスト』みたいに絶望を残すエンドにしたい場合だけだ。ネタバレをしてすまない。

夜、部屋でセリーナはジムに親子は置いていくし、足手纏いになる、私は躊躇せず見捨てるみたいなことを言う。ゾンビ映画っぽい。朝、フランクはセリーナに「足手纏いになるっぽいこと言ってたよね」。壁が薄く話は全部聞こえていた。ちょっと笑った。作中の空気感はそんなもんじゃないんだが。この映画のいいところは人間関係のギスギスが少ないところですね。もちろん、あるにはあるけど、この4人、身内間ではあんまりギスギスしないというか。嫌な映画だとここで実は話を聞いてたフランクは正面切って言わずに後々裏切りの伏線となる、、とかしますからね。具体例はないけど。

親子は希望を失わず、ラジオ放送で聴こえる軍の生存者キャンプを目指すという。楽観的というもついていかざるを得ないジムとセリーナ。フランクにとって彼自身が死んだ後にハンナが孤独になることを避けたかったのだ。この今ある安全を捨ててでも次にかけるかどうかというのは『チーズはどこへ消えた?』でも読んで覚えている。

 

車で出発する一同。スーパーで食物をゲットしまくって、今はもう使えないクレジットカードを代金としておいていく、トンネルではガラクタばかりで進めないところをフランクがアクセル全開で無理やり渡り切る。一同「ヒャッホー」。なんだか楽しくなってきた。本作で一番好きなシーンはこの4人の旅路です。ここをメインに映画を作ってくれても結構楽しめた。

トンネルの中、パンクしたタイヤを交換。交換中に後ろからゾンビの影が見えてくるシーンは緊迫感があっていい。言い忘れてたが本作のゾンビは全然走ったりするし、ウイルスの感染者と言った方がいいかな。感染者の姿がはっきりみにくくなっているのはガーランドテイストだろう。敵の姿がガッツリではなく仄めかされるようにのみ映る。『ジョーズ』みたいでもあるな。もちろんはっきり映るゾンビもいるが。

途中ハンバーガー屋さん近くに寄ってトラックからガソリンを調達する一向。ジムはその間単独行動をしたところ子供の感染者に襲われる。誰も知らない中子供の感染者を殺してしまったジム。これがのちの少佐との「誰も殺さなかったのか」の問答につながる。まあメインテーマではないっぽいが。

地名は忘れたけど向こうに見える街が人がいなくなったこともあって火事が広がり続けてるというシーンも良かった。手付かずの自然の恐ろしさ。

 

目的地に到着したっぽい一同。だが軍隊の影はない。フランクは苛立ちが募り一人行動、その拍子に感染してしまう。ハンナに愛してると伝えるや否や突如打ち殺されるフランク。軍隊がいたのだ。やるせない展開。それまでのロードムービーが楽しかったからこそね。

 

この後は展開にはそんなに書きたいこともない。みんなの想像してる通りだ。軍人たちは最低野郎が多く、黒人感染者を面白いからと殺さずに放置したり、女性に飢えておりセリーナやハンナが危険な目に遭ったりジムが助けに来たりね。ジムの眼球抉りは流石に「おっ」となったが。あと、ハンナが少佐を殺させるシーン。ジムがセリーナを助けてキスしてたら感染してると勘違いされてハンナに攻撃されるシーンも。一同、サバイブ能力が高い。まあ28日間生き残ってたんだから当然ちゃ当然か。最後は平和に終わって良かった。

 

イメージしていたゾンビ映画とはちょっと違うね。カウンターものというか『ディープ・ブルー』的な?(サメ映画のお約束を破り続ける映画)。まあ約束破りが主題ではなかったけど。まあ無難に面白かったです。

感染者の行動原理やウイルスの詳細、他国の状況とか繊細に語らないのはガーランドっぽくていいねと思う。このようなポストアポカリプスものは事実がわかるまでの過程が一番楽しいのであって事実自体は正直どうでも良く感じてしまう。

 

そしてゾンビ映画つきものの我々を人間たらしめるものは一体何かという課題。まあ相当にわか発言でしかないが、ゾンビは元々消費社会における自立した思考ではなく広告だったりに動かされ続ける大衆のメタファーとして描かれることが多い。はずだ。だからショッピングモールとかにわんさかいるし、これまではその思考持たざる状態への警笛だったのだが、もはや現代ではそんなもの常態化しているためゾンビ映画は存在することができないみたいなことも朧気ながら聞いた覚え。俺は考えるためによく散歩をする。その中で外は寒いから家の近くにあるショッピングモールを歩き回るんだが、思考を回してるとはいえ、俺はゾンビではないと言えるのだろうか。つまり映画におけるゾンビとは我々と一切変わらないものとして置かれているわけ。

こんな哲学的問いに対して『28日後...』ゾンビは感染が原因としていてゾンビ的神秘性は皆無。じゃあ代わりに置かれたものはゾンビにおける「死んでいるってどういうことか」に対する「生きているってどういうことか」ですよね。本質的には一緒。

例えば、ハンナとフランクは感染者わんさかのロンドンでも希望を捨てずに生きているし、スーパーマーケット等で一同が楽しむシーンは瑞々しい生以外の何ものでもない。ではこの希望、楽しさという感覚に対して軍人たちはどうかというね。生きるために何かしてる時点でもうそれは死んでるのと一緒ですわ。生は生を意識させえないところにあるわけで。

 

まあそんな感じで楽しかったです。ありがとうダニー・ボイル。ありがとうガーランド。せっかくなので28週後の感想も簡単に併記。

 

 

 

タイトル:28週後...

  監督:フアン・カルロス・フレスナディージョ

  形態:映画

既か未か:未

 

28週後...』みた。

 

別に感想書くほどじゃないけどね。セットで書いておこう。

簡潔にいうと登場人物全員アホすぎるなと思いました。冒頭は期待してたんですけどね。主人公ドン(ロバート・カーライル)が妻、そして見知らぬ子供を見捨ててしまう展開。小市民的というかほとんどの人間はドンを責めることはできないと思う。だから普通は「ドンが見捨てたことを後悔し向き合う」か「見捨てたことが己に降りかかってくる形での破滅系」かの2択の展開だと思うんですが、それらがうまく主軸として機能していない時点でなんだかなという感じ。

破滅系というのはズルズル、選んでも仕方ないよねと思える展開を進んでいって最終的に破滅してしまうというカタルシスがあって然るべきなんですが、感染者とキスするのはナッシングすぎる。というかドン一家がアグレッシブに人類を滅亡させにかかるので違和感がすごい。詳しくは見たらわかるでしょうが全て「わざわざした」ことによって破滅が襲いかかるのでね。アホという意味であれば感染者と一般人の区別がつかないからとりあえず皆殺しにする軍隊も。まあ混乱かだから仕方ないのかな。『ヴェノムTLD』で踊り出すヴェノムへの苛立ちに近い。まあ振り切ってるから「んなアホな」と言った楽しみもできるが。

あと急に走り出したりヘリに捕まったり登場人物が異様にアクティブ。印象に残ってます。

まあくどくど言ってはいるが別にブチギレるほどではなくそれなりの楽しみはえた。言っちゃなんだが『28日後...』であえてやらなかったところをわざわざやって爆死したとも言える。だから続編がないのはやむなし。ようやく『28年後...』見れる。楽しみます。