THE さめ 映画とか感想

映画好きです。

【感想】『エディントンへようこそ』/冷笑か苦笑か、もしくは狂笑か

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タイトル:エディントンへようこそ

  監督:アリ・アスター

  形態:映画

既か未か:

 

始めたばっかだから好調で毎日書いちゃう。

このブログは基本的には映画の感想多めで行きたいな。開設は漫画とかアニメも描きたいからなんだけど。

『エディントンへようこそ』見た。映画好きのくせにアリ・アスター作品は見たことない。でもいつか見たいな。面白くない人が恋愛映画として『ミッド・サマー』見たことない人に勧めてる印象がある。あとは映画好きは意外と『ヘレディタリー 継承』の方が好きだったりするとかか?これは本当にヘレディタリーの方いいのか、サブカル特有の「世間的に有名なものより自分だけのものを愛したい」みたいなとこがあるのかは不明。もちろんこの感覚を馬鹿にしてるわけじゃなく、自分も持ってる。そーじゃなきゃブログ一発目をカイジ17歩とかにはしない。

 

『ボーは恐れている』も見ようと思ったんだけど、賛否両論な上に長いときたから見にいくのを諦めた思い出。今回も賛否ぽかたが、見るもんが他になかったのと、政治映画は結構好きなので見に行ってみた。結論から言うと結構好きです。

ネタバレあり

 

 

<あらすじ>

2020年、ニューメキシコ州の小さな町、エディントン。コロナ禍のロックダウンされた町。マスクをしない保安官ジョー(ホアキン・フェニックスは市長テッド(ペドロ・パスカルとの小競り合いの末、市長選に立候補することを表明。テッドはIT企業誘致を目的としていた。この諍いは町全体に広まっていく。一方、ジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン陰謀論にはまっていき、状況はまさしくカオスヘーー。

 

前半はこの市長選と妻ルイーズとのあれこれがメインだが、話が進むにつれて割といろいろカオスになってく。

冒頭、コロナを持ち込んだっぽいホームレスがぶつぶつなんか呟いてた。こーいうのは伏線になるのかも知らんが、初見だとガチ覚えてらんないので無になってみることを要求される。その後、主人公ジョー登場。予告も見ずに行ったから、イメージ的にホアキンとペドロのダブル主人公なのかなと思ってたけど、完全にホアキンが主人公だった。で陰謀論ファミリアと暮らしている。奥さんのルイーズとその母だ。母の名前は忘れた。この人見たことあるって思ったら『ペンギン』(ザ・バットマンのスピンオフドラマ)に出てきてた人だった。まあそんなのが基本情報。ジョーは始まってすぐ、警察とのマスク小競り合いをした後、テッドとも小競り合いする。「喘息だからマスクはしたくない。」そんなこと言ってるやつ当時もいた気がする笑。

 

ここから俺は市長選でる!みたいにジョーはなっていく。壮大な音楽と共に超痛車が出てくるシーンは笑った。そしてその市長選も一因としてルイーズの精神は壊れていく、、。つまり、おおよその方が予想する通りジョーが市長選とルイーズのどっちを取るかって話だ。そこに陰謀論SNS運動のトッピング、スマホというプロットが入り込んでくる。どっちが主題かみたいなとこはあるが、(多分スマホ)俺は前者として受け取った。

だから途中、妻ルイーズが実はテッドに性的暴行を受けていた!みたいなことをジョーがでっち上げるシーン(ジョーはガチだと思ってる。)とかは絶対やめた方がいいよと思いつつもこーなっちゃうよね的な謎の同情をさせられた。そしてその結果、ルイーズは完全にジョーの元から離れていく。車の前にいきなり現れるホラー的な展開が良い。

 

その後、やけになったっぽいジョーはテッドにビンタされ、コロナを持ち込んだホームレスを銃殺し、その後テッド、そしてその息子(こっちはこっちでプロットが進んでた。端折ったけど。)も銃殺する。

 

ここからジョーはカオスヘアクセル全開ですすむ。ジョーが保安官(西部劇っぽい)のがすごく良い効果を産んでて、ジョーは善悪の二元論で推進していく。悪を成敗する保安官という雰囲気で。だけど、実際にはデモされまくったりルイーズは自分の元を離れていく。多様な意見が混ざり合ってるのが現実だし、そんな二元論は通用しないのだ。

 

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ここらへんでタイトルに触れとこう。まあそんな内容の通り、結構大勢の人はジョーが苛まれていく状況を冷笑的に撮ったのがこの映画って感じてるぽい。まあ確かにそれはその通りだ。妻は陰謀論、ジョー自身はもちろん。そんでもってそれと同質的にBLMとかリベラル的運動が映し出される。ここが日本的な中道解釈が可能だとは確かにすごく思う。中道解釈っていうのは一歩引いてみてる俺かっけーみたいなこと。過激と思われるかもしれないけど、日本(別に他国でもそうだろうが)は左派右派等を正しく理解せずに「どっちも行き過ぎ、真っ直ぐが一番!」みたいなノンポリが多い。つまり何も考えてないのに両成敗にして仲裁してくる野郎が多いってことだ。このような人を三元論者と呼びたい。善と悪とどっちでもないの三つに帰結させたがるからだ。このどっちでもないってのは状況を検めずに「どっちでもない」ラベルの箱に押し込めるってことだ。本当に話が長くなった。

つまり、アリ・アスターはジョーとそれを取り巻く環境を俯瞰して「ね、こいつらバカやってるっしょ?」ってやりたがってる。なのだとしたら冷笑と言えるだろう。でも自分には「いや、、こうなってしまったんだ、、。こんな俺、本当バカ」っていう苦笑に見えてそう受け取った。

ジョーへの謎の同情はもがけばもがくほどあかん方に行っちゃう悲しみを受け取った結果だと思う。(負け犬たちのレクイエム)。ジョーへどこまで感情移入できるのかにもよるのかな。結構やばいことやってるから感情移入したくないのもやむなしだが。

 

テッドを撃ち殺し、市長ほぼ確約状態のジョー。そんな中、謎の武装集団にジョーは襲われる。ってか襲われ続ける。これも解釈いろいろあるっぽいが俺はメタファーとして受け取った。将来と罪悪感とか、、平易なもんであれば締切とか、我々は常に何かに追われ続けてるもんだ。それを過大にしたメタファーなのかなと。武装集団との戦いは、その中でルイーズをルイーズの母と幻視したりだとか完全にジョーが信頼できない語り手となった状況で映される。もうこんなもんトリップしてるのと変わらん。いつまでも追い続けられる感じは夢にも近い。ここまでくると、もはや苦笑は狂笑へと変わっている。「あはっあはっ こんなになっちゃった・・・・。なっちゃったからにはもう・・ネ・・・。」みたいなことだ。

 

でいろいろあって終わる。

ずっとこんな感じの主人公が自業自得やん的な映画があんまり好きじゃなかったが今回は結構好きになれた。これは今の自分の精神状態も関連してるかもしれんが、「人間って本当愚か。そして最も愚かなのは俺!」的な思考を肯定してくれて嬉しいからだろう。そしてもちろんそんな愚かな自分に罰を与えてほしい。アリ・アスターは俺で、俺はジョーなんだろう。みんな苦しんでもがいてとんでもないことをやっちまってる。そしてもう狂うしかねえんだ!!この狂乱を俺を罰して終わらせてほしい。殺してくれ、、。的な感じだ。

まあこの厭世的な思考はあんまり褒められたものじゃないが、たまには許してくれや。ってとこでもある。俺の魂のおやすみ時期と見た時期が重なったからこんなにも心が動いたんだな。だから元気な時に見たら普通に冷笑ばっかしてんなや!ってキレた可能性もある。

 

今年の映画では『ワン・バトル・アフター・アナザー』と比較されがちだが流石に俺もワンバトルの方が好き。でもこの映画も結構好きになった。長いから見返す確率は薄いけど。